ダ・ヴィンチが万能の天才になれた真面目な理由

レオナルド・ダ・ヴィンチ=万能の天才 万能の天才=レオナルド・ダ・ヴィンチ

という公式があります。

 

アインシュタインのことを天才と誉め讃えても、

アインシュタインのことを“万能の天才”と称賛する人はいません。

 

  実際に、ダ・ヴィンチは、

  画家・彫刻家・音楽家・建築家・舞台監督・発明家・軍事技術師・

  解剖学者・植物学者・天文学者・地質学者・哲学者・都市プランナー・・・

  とその肩書は枚挙にいとまがありません。

 

人類の歴史を紐解いても、これほど多彩な人はおらず、

なぜ、一生のうちに、これだけのことができたのだろう???

と素朴な疑問を抱かずにはおれません。

 

多くの人は、こう考えるでしょう。

ダ・ヴィンチは生まれながらにして特殊な天才だった、私たちとは違う。

 

確かにダ・ヴィンチは天才だったと思います。

しかし、才能だけでは、そこまであらゆることに挑戦することは

できなかったのではないでしょうか。

 

なぜ、ダ・ヴィンチは万能の天才になれたのか?

それは、こんな質問と似ています。

 

なぜ、あの人は英語をペラペラしゃべれるようになったのか?

なぜ、あの人はダイエットに成功したのか?

なぜ、あの人はお酒を飲まなくなったのか?

 

これらの問いには、1つの共通点があります。

 

 

 

それは、必要に迫られたからです。

 

 

 

英語をいつまでもしゃべれない原因は、必要に迫られていないからであり、

本気でダイエットに打ち込めないのにも、必要に迫られていないからであり、

 

医者に「お酒は控えなさい」と言われても、結局お酒を飲み続けるのは、

まだやめるほど、深刻な症状が身体に現れてない、

必要に迫られていないからです。

 

なぜダ・ヴィンチが万能の天才になれたのか?

答えは、同じです。

 

必要に迫られたからです。

 

え? 万能の天才になる必要に迫られたの???

と思うかもしれません。

そうなのです、万能の天才になる必要に迫られたのです。

 

ダ・ヴィンチが尊敬する人に、レオン・バッティスタ・アルベルティ

という人がいます。

実はこの人、あまり有名ではありませんが、

ダ・ヴィンチと同時代に生きたルネサンスの大先輩で、

元祖万能の天才と言われた人でした。

 

アルベルティは、自分の著作『絵画論』でこのように言っています。

画家は出来るだけのすべての学芸に通じているのは好ましいことであるが、まず第一に幾何学を知ることを私は望んでやまない。

幾何学に深く通暁しない限り、いかなる画家もうまく描くことはできないと考えていた。

また、画家は、自身のために詩人や雄弁家と交わるのがよい。この人たちは画家と共通した多くの装飾や、

数多くの事柄についての広い知識をもっている。

 

つまり、当時のルネサンス人にとって、

立派な画家になるためには、万能である必要がありました。

 

ダ・ヴィンチ・ノートをひもといてみると、

ダ・ヴィンチが、幾何学的図形に没頭していたことが分かります。

もうこれでもか、これでもかと、鉛筆消えてなくなります、

くらいの勢いで熱中して書いています。

もちろん、幾何学以外の学問にも幅広く精通していきました。

 

ダ・ヴィンチはこんな言葉を残しています。

「書店巡りをして、ウィトルウィウスの著作を探せ」

 

このウィトルウィウスという人は、人体図の名前で有名ですが、

ローマ帝国時代の建築学者をしてた人でした。

アルベルティが積極的に引用している人もであります。

『建築論』という本の中には、

建築家は、文章の学を理解し、描画に熟達し、幾何学に精通し、多くの歴史を知り、努めて哲学者に聞き、音楽を理解し、医術に無知でなく、法律家の所論を知り、星学、あるいは天空理論の知識を持ちたいものである。

と、一言で言うと、万能であれ!と推奨しているのです。

 

そんないっぺんに身につけるのなんて無理でしょ?と思うのが普通です。

しかし、ウィトルウィウスは、

いやいや、異なる学問といっても、共通点があるので、

しっかりと教養を身につければ、意外と楽に学べるんだよ、と言っています。

実際に、建築も追求していたダ・ヴィンチは、

本当に幅広く学び、ノートに考察を書いています。

 

なぜ、そこまで万能の天才になる必要に迫られたのか?

もう一段踏み込んだ内容に関しては、『ダ・ヴィンチ・ノート』で詳しく書いています。

出版の暁には、ぜひ続きを御覧ください。

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