歴史上最も好奇心が強い人物
歴史上最も好奇心が強かったと言われる人物、それがルネサンス時代に活躍した天才、レオナルド・ダ・ヴィンチです。ダ・ヴィンチと聞くと、『モナ・リザ』や『最後の晩餐』などの絵画を思い出す方も多いと思います。一般的に芸術家として知られるダ・ヴィンチですが、実際は怪人二十面相のようないろいろな顔を持っています。
興味の幅はかなり広く、絵画、彫刻、音楽、建築、舞台演出、衣装デザイン、ロゴデザイン、乗り物や日用品の発明、人体解剖、植物や水や化石の研究、宇宙の研究、ワインづくり、都市計画、軍事戦略、幾何学図形……と、驚くほどの分野に縦横無尽に取り組んでいます。なぜこのようなマルチすぎる活動ができたのでしょうか?
以前、ダ・ヴィンチはADHDの傾向があり、それが活躍の源泉になったのではないか、という記事を書きました。
ダ・ヴィンチの驚異的な好奇心は、持って生まれた資質も影響していると思いますが、今回は別の切り口でアプローチしてみます。それはワクワクの原動力を探るというものです。好奇心やワクワクの対極にあるのが無関心。人と話していると、好奇心がなく、また好奇心がなくなり「無趣味」で何かやりたいことを探している、という人もちらほら聞きます。無趣味なのは何かに関心を持つことが少ないからでしょう。では、無関心がどうやったらワクワクに変化するのか、ダ・ヴィンチ絵画を用いながら説明していきます。
ワクワクを生み出すステップ1 前提条件を外す
ダ・ヴィンチが初期に描いた作品に通称、『カーネーションの聖母』と呼ばれる作品があります。キリスト教に関する作品は、一般的に教会から委託を受けて制作されています。
この聖母子の絵を見て、どのような印象を持つでしょうか? 中世ヨーロッパの敬虔なキリスト教徒なら、ありがたい絵に映るかもしれませんが、現代人の私達が見ると、「古風な絵で、あまり自分とは関係がないかな」と感じる方が多いかもしれません。
一方で、ゴッホや印象派のモネが描いた風景画などは、普遍的な自然がテーマです。宗教画と比べて違和感なく絵の世界に入ることができ、筆のタッチから力強さや柔らかさが伝わって、時に感情が揺さぶられます。
では、ぱっと見、自分と距離を感じてしまう宗教画はどのように鑑賞すればよいのでしょうか? 私のおすすめの見方は、いったん宗教画であるという前提を外して絵を見ることです。
聖母マリア、キリストという宗教的枠組みを取り払い、「登場人物は、2人で手に赤いカーネーションを持つ母親と赤ちゃんがいる」「後方は、窓から山脈の景色が見えて、室内は花瓶が置かれている」というように状況を把握します。こうすることで、「あー、この絵は宗教画だから私は関心ない」という先入観を外すことができます。常識的な観念に縛られていると、“ワクワク”ではなく“枠枠”になってしまい、新しい広がりが生まれていきません。
ワクワクを生み出すステップ2 違和感に注目する
前提条件を外した後にすることが、直感で感じた違和感を探すことをしてみます。何か「オヤ?」と思うことがあれば注意深く観察し、その理由を考えてみます。
私がこの絵を見て、一番違和感を覚えたポイントは、かわいくない赤ちゃんです。ダ・ヴィンチはかわいい赤ちゃんも描けたはずなのに、なぜそれをしなかったのだろう?という疑問が湧いてきました。
それから、母と子の視線が集まる赤いカーネーションですが、なぜ2人はこの花に注目しているのだろう? 何か重要なメッセージでもあるのだろうか?という気づきがありました。
他には、背景に見える山脈はどこの景色なんだろう?と考えてみると、実際に存在する空間ではなく、想像で描いた空間なのかもしれない、という発想が出てくるかもしれません。
ワクワクを生み出すステップ3 多角的な知識を得る
人は違和感や疑問を感じたことに対して、答えを求めようとします。
そこで作者の考えや、この作品に精通している人に聞いてみます。
仮に、このかわいくない赤ちゃんが想定される理由は、私ならこう答えます。
ダ・ヴィンチが残したノートには、こんなことが書かれています。
「ある画家が次のような質問をされた。
『君は静物の形はそれなりに美しく描けるのに、どうして子供たちはとても醜くなってしまうのかね』と。すると画家は言った。
『絵画は昼間制作するが、子供は夜つくるのでね』と」
この“ある画家”とは、ダ・ヴィンチ本人のことを言っているのかもしれません。
さらに、肉欲について言ったダ・ヴィンチのこんな言葉があります。
「もっとも美しきもののうち、もっとも醜悪なる部分を求めて狂奔せん」
このようなダ・ヴィンチの考え方が描写に反映されて、かわいくない赤ちゃんが生み出されたのではないか、と想像します。
そして、この絵の注目したい所は他にもあり、動きのある赤ちゃんと、右側にある静物である花瓶との対比もそうです。研究者の間では、クリア感のあるガラス花器の描写がリアルですごいと注目されています。技術はさることながら、動と静のモチーフを画面に平行に配置しているのも、ダ・ヴィンチの意図的な構想からきているのかもしれません。
ちなみに、赤いカーネーションは、キリストのこれから待ち受けている受難の象徴と言われています。これはキリスト教の知識がないとわからないことですが、知識や見方を知っている人から教えてもらうと、まったく異なる印象として絵が見えてきます。このように、1 前提条件を外す、2 違和感に注目する、3 多角的な知識を得る、のステップを踏むと、今まで無関心だったものに興味がわき、もっと他の作品に触れてみようと、ワクワクが少しずつ芽生えてきます。ぜひ、未知の世界を楽しみながら、ワクワクするものを増やしていきましょう。
旧:WEBマガジン・作家たちの電脳書斎 デジタルデン 2022年 3月 公式掲載原稿
現:作家たちの電脳書斎デジタルデン 出版事業部 (https://digi-den.net/)