ダ・ヴィンチ流 人づき合いのルール
レオナルド・ダ・ヴィンチには7種類の先生シリーズで、前回はダ・ヴィンチと親交のあった解剖学者の事例から、なぜダ・ヴィンチが人体解剖に熱中していたのか、についてご紹介いたしました。ダ・ヴィンチは、自分の才能を磨くためには「ムダな人づき合いは避けて孤独になるべきだ」と主張しています。
こんな言葉を聞くと、「孤高の天才ダ・ヴィンチ」をイメージしてしまいますが、彼のノートをひもといてみると、実に多くの人と交流していたことが記録されています。一見、矛盾するようで、言葉と行動が一致していないように思われるかもしれませんが、アシュバーナム手稿には、このようなことも書いてあります。
「あなたが親交を望むときは、その人の学習態度を見て選択するといい。あなたにいろいろなことを考えさせる関係は実りが多い。その他の親交はどれも有害となろう」
才能を育てるためには、自分に集中できる時間を確保することが必要です。しかし、いつまでも自分1人の殻に閉じこもってしまうと、アイディアが発展していきません。
ダ・ヴィンチは、自分の時間も大事にしながらも、知的な刺激を与え合うことができる友人を持つように努力しました。一番良くないことは、無目的に時間を過ごし、人づき合いも全部受け入れてしまうような、周囲の人たちに迎合する他人軸の生き方をすることです。どんな人と時間を過ごすか、それは自分の選択で決まります。
時間は有限、お互いに刺激しあって、自分も相手も輝くような交流をすること。それがダ・ヴィンチ流の人づき合いのルールです。
ダ・ヴィンチの盟友 ルカ・パチョーリ
ダ・ヴィンチと同時代を生きたイタリア人数学者に、ルカ・パチョーリという人がいます。
算術、幾何学、比例、比率全書を意味する『スマム』という著書の中で、複式簿記について解説しており、今日「近代会計学の父」と言われている数学界の権威です。実は、ダ・ヴィンチはこの『スマム』をパチョーリと会う前にすでに購入しており、ダ・ヴィンチがミラノのパトロンに頼んでパチョーリを呼び寄せたとも言われています。
ちなみにパチョーリの名は日本でも知られており、大原簿記公務員専門学校では、在学中、成績優秀者には「ルカ・パチョーリ賞」が授与されています。
ダ・ヴィンチとパチョーリは、3年間同じパトロンの元で仕事をしています。よく行動を共にしており、お互いが学び合う仲でした。ダ・ヴィンチは、パチョーリが著した『数学大全』を読んでおり、その中から倍数表という数学的な表を書き写しています。さらに、黄金比について解説された『神聖比例論』という本の中では、パチョーリに依頼されて幾何学図形を大量に描き、その美しい図形を絶賛されています。ダ・ヴィンチは自分の本で出版が実現できませんでしたが、共著という形で出版が実現したのは、友人パチョーリがいたおかげです。
ダ・ヴィンチとパチョーリの2人は、ミラノのスフォルツァ城で開かれた討論会にも出場し、「芸術は学問とみなせるのか?」についてプレゼンしました。
パチョーリは、この論戦の結果についてこのようにまとめています。
「神学者、医師、天文学者、法学者と、天才的建築家にして技師にして発明家であるレオナルドとのあいだにおいて、名前の通り勝利する」
この「名前の通りに勝利する」というのは、ヴィンチ(Vinci)という名前がイタリア語で勝利(Vince)を意味する単語と近い綴りであることから述べられています。
パチョーリはダ・ヴィンチに数学の知識を与え、ダ・ヴィンチは芸術的な感性とその多彩さでパチョーリを魅了しました。まさにダ・ヴィンチは身をもって、自分も相手も輝くような実りある交流をしていたのです。
尊敬する関係を構築する
ダ・ヴィンチとパチョーリの関係から分かることは、お互い違う存在であることを認識し、その個性や才能を尊敬していたということです。
お互いを尊敬し合う関係って素晴らしいですよね。
私が入社した会社では、新入社員であっても『「さん」付けで呼ぶ』ことが原則とされているのですが、入社してまだ何もできない自分であっても尊重されている気がして嬉しかった記憶があります。「さん」付けしていないことが上司の耳に入ると注意されるほどです。
USJの再建や、ネスタリゾート神戸、丸亀製麺などの事業を再構築した株式会社刀の森岡毅さんは、社員の能力を信頼し、敬意を払って社員をさんづけしていると言われていました。それは、自分にはできること、できないことがあり、「社員は自分にはできないことができるから」というのが理由です。会社でも、お互いの能力や個性を尊重し、適材適所の総合力で勝負することで大きな成功がもたらされます。
お互いに尊敬する関係になるためには、まず自分の得意分野を見極め、それを徹底的に磨いていき、相手からも求められるレベルに達することが必要です。ダ・ヴィンチは相手の期待をはるかに超えていたので、あらゆる人に尊敬されました。
日本では、得意なことを伸ばすことよりも、自分のできていないことに着目し、それを補うような教育が行われてきました。不得意なことをカバーするのは大変ですが、得意で好きなことを伸ばすことは、無理なパワーを必要とせず楽にできます。
ダ・ヴィンチは、アシュバーナム手稿の中で、「学習」についてこのように言っています。
「食欲がない状態で無理に食べると健康を損なうように、願望のない学習では覚えられず、学んだことも定着しない」
ぜひ、自己を見つめ、得意なことを磨いていきましょう。次回は、本文でも触れたパチョーリが絶賛したダ・ヴィンチの美しすぎる図形を紹介したいと思います。
お楽しみに!
旧:WEBマガジン・作家たちの電脳書斎 デジタルデン 2022年 6月 公式掲載原稿
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