ダ・ヴィンチにかかれば、宇宙からハエまで研究対象になった
ルネサンスが生んだ偉大な巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチ。アートや科学、様々な学問にも精通していた万能人ですが、なぜ彼は万能の天才になれたのでしょうか?
人類史上、これまでたくさんの天才が誕生してきました。物理であればアインシュタイン、音楽はモーツァルト、サッカーはメッシなど、現代でも天才と呼ばれる逸材が活躍しています。しかし、それぞれの分野で天才とは言えても、アインシュタインのことを万能の天才だと呼ぶ人はいません。
そんな中、唯一といってもいいほどの異色な存在、それがレオナルド・ダ・ヴィンチ。芸術や科学にとどまらず、多方面で才能を発揮し、今日、「万能の天才といえばダ・ヴィンチ」「ダ・ヴィンチといえば万能の天才」といっても異論はないでしょう。
ダ・ヴィンチが万能の天才になれた原因、それは単純ではなく、いくつもの原因が重なっています。遺伝子レベルでの原因もあれば、後天的な原因もあるのではないかと思います。以前、ダ・ヴィンチはADHDだったからこそ、ずば抜けた才能を発揮できた可能性があるという記事を書きましたが、今回は後者の後天的な原因を追求していきます。ダ・ヴィンチの特徴の1つ、“観察魔”です。
ダ・ヴィンチにとっての観察対象は、「特定の分野」ではなく、まさに「世界そのもの」でした。『レスター手稿』というノートには、地球や月、太陽といった天体の考察が書いてあります。ちなみにダ・ヴィンチは、地球で反射した太陽光が、月の影の部分を照らし出し、月の全体像がうっすらと見える現象を発見し、のちに「ダ・ヴィンチ・グロウ」と名づけられています。
そういったマクロの観察もしていれば、小さい昆虫というミクロの観察もしています。たとえば次の解剖手稿に書かれた文章は、ハエについての記述です。
「ハエが音を出すのは羽が原因だ。それは、羽を少し切ってみるか、わずかに飛べる程度に少々蜜を塗ってみればわかる。そうすると羽ばたく際の音はかすれ、羽の障害の程度に応じて、その音が鋭い音から低い音へと変わっていくから。」
ハエが近づいてきたら、大抵多くの方は、「うっとうしいな」「あっちいってほしい」と目障りに思うはずです。しかし、ダ・ヴィンチは、「このブーンという音は、いったいどこから聞こえてくるのだろう?」と疑問に思いました。そして疑問を疑問で終わらせることなく、ハエを観察し、ハエを捕まえて羽に蜜を塗って音の出どころを確かめるという実験を試みたのです。
普通昆虫学者でない限り誰もやらないような視点で観察を行い、実験を絶え間なく繰り返したからこそ、万能の天才になれたのではないかと私は推測しています。
ダ・ヴィンチにはなぜ観察力があったのか?
「経験の弟子レオナルド・ダ・ヴィンチ」。ダ・ヴィンチがノートに書いている言葉です。当時、フィレンツェでは、メディチ家が主催する「プラトンアカデミー」という知的サークルの集まりがあり、哲学的な討論や、詩の朗読会などが行われていました。その文人たちが集まるサークルに、ダ・ヴィンチはラテン語ができないということもあってお呼びがかからず、さらには無学者と非難をされていました。アトランティコ手稿にはこう書かれてあります。
「私が学者でないから、私のことを学のない人間だと非難、批判する人たちがいる。バカな連中だよ。たしかに私は、彼らのように著述家たちの引用をすることはできない。だが、そのまた先生である経験に基づく方がはるかに優れた価値がある。批評家たちは、他人の苦労の成果を利用しているだけ。それなのに、実際に経験し、創作している私を軽蔑するなら、彼らこそ非難されてもよさそうなものだ」
エライ学者が言った言葉を引用して語る、そうすることで何か自分が偉くなった気がします。しかし、自分が体得していなければそれは幻想で、知識をひけらかしているだけに過ぎません。そのエライ学者も自分で経験したり思考したりすることで編み出したはずです。
ならばその経験を先生にすればいい、ダ・ヴィンチはそう考えたのです。そして、その経験とはダ・ヴィンチにとって、世界を観察をするということでした。無学の者であるというコンプレックスを、経験を武器に解消していったのです。負のパワーがダ・ヴィンチを突き動かし、やがて万能の天才へと変貌させた。それほど観察にはパワーがあります。
観察は常識を覆す
「ノアの洪水」、誰もが一度は聞いたことがある言葉ではないでしょうか。旧約聖書の創世記に出てくる、ノアの箱舟伝説です。ダ・ヴィンチが活躍していた500年前のイタリアでは、キリスト教は国教で、キリスト教徒ではないものは異教徒と非難され、最悪、処刑されるほどでした。
ある日、村の人が山頂で化石を発見しました。見つけた村人は、「やっぱりノアの大洪水が起きたのは本当だったんだ、この化石が証明した!」と思うわけです。
一方、ダ・ヴィンチは山頂に行って、まず地層の観察・調査を始めます。すると、確かに化石があったのですが、その地層は2段の層になっていることを発見します。聖書には洪水が2回あったとは書かれていません。さらに、化石の配列に着目すると、貝殻が規則的に並んでいることに気がつきました。また、二枚貝の貝殻も対になった完全な状態で発見されました。
このことが何を意味するかというと、もしノアの洪水のような大規模な激しい洪水が起こったのであれば、化石はランダムに並べられて発見され、そして二枚貝は破損していると解釈するほうが自然です。このことから、ダ・ヴィンチは山頂で化石が発見されたのは、洪水が原因ではなく、元々海底だった土地が隆起した結果であると結論づけました。
このように徹底して観察をすることで、それまで常識とみなされていたことを覆すことができるのです。ぜひ常識を鵜呑みにせず、観察をして新しい発見につなげていただけければと思います。
次回は3つの魔力の2つ目、“質問魔”についてご紹介いたします。お楽しみに!
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