黄金比の由来とパルテノン神殿
黄金比という言葉を聞いたことはありますか? もしあるなら美しく整った比率のこととうっすら認識されているかもしれません。黄金比は別名「神聖比例」とも言われ、ルネサンスの数学者ルカ・パチョーリと芸術家のレオナルド・ダ・ヴィンチが共著で出版した『神聖比例論』という本の中でも詳説されています。
神聖比例は、数学的にはギリシャ文字のΦ(ファイ)で表されます。そして、その比率は、1:1.618で構成されます。古来から、私たちが知る有名な建造物であるピラミッドやパルテノン神殿、近年火災で話題となったノートルダム大聖堂にも用いられてきました。ギリシャ文字のΦは、パルテノン神殿の建設を監督したフェイディアスの名前の頭文字に由来するといいます。フェイディアスは、ギリシャで最も偉大な彫刻家であったといわれ、神殿内の装飾彫刻を担当しました。神殿の中心には、フェイディアス渾身の作品である高さ3メートルの女神像アテナがあったと伝えられています。
美しい比率で建設されたパルテノン神殿ですが、実は「形」だけではなく「色」も特別でした。今でこそ白亜の殿堂ですが、科学的な調査をしたところ、パルテノン神殿は元々カラフルな極彩色に彩られていたそうです。完成した当時はどんな見た目だったのか、タイムマシンに乗って見に行きたい衝動に駆られますが、いつの時代でも人々を魅了するのは洗練された色と形です。
世界最初の歴史家は、紀元前5世紀のヘロドトスというギリシャ人です。彼の著作から、エジプト人がピラミッドを構想するときに神聖比例を用い、やがてギリシャにも伝わり神聖比例が応用されていったと考えられています。
黄金螺旋とは何か?
1:1.618の比率で分割した長方形を黄金分割といいます。小さい方の長方形をさらに黄金分割、またその小さい方の長方形を黄金分割と、5回繰り返して対角線上に弧を描くと渦を巻いたような螺旋(らせん)ができ上がります。この形、何かに見覚えはありませんか? そうです。オウムガイなどの巻貝の形に似ています。
私たちが何気なく普段目にする自然には、美しい比率で誕生したものであふれています。美しいなと感じる背景には、美しく感じる法則が存在しているのです。
神聖比例に関心を持ったグスタフ・テオドール・フェヒナーという心理学者がいます。フェヒナーは、本や箱や建物など、数千もの長方形を調査したところ、平均的な縦横の比は1:1.618の黄金比であることを発見しました。さらに、たくさんの形状の長方形を被験者に見せて、一番心地よいと感じる長方形を選んでもらったところ、最も得票数が多かったのが黄金比形状の長方形だったのです。そういえば、パソコンやクレジットカードの形も黄金比のようなサイズになっています。黄金比を駆使して商品パッケージを作れば、きっと消費者にもスッと受け入れられるでしょう。
比率オタクのダ・ヴィンチ
数学と幾何学に没頭したダ・ヴィンチは、神聖比例にも関心を持っていました。世界的名画であるあの『モナ・リザ』にも神聖比例である黄金比が用いられています。どこが黄金比なのかというと、顔の部分です。
これはたまたまそうなったのではなく、日頃からの研鑽の成果です。よく『モナ・リザ』とダ・ヴィンチの自画像の比率が同じという理由で、『モナ・リザ』の正体はダ・ヴィンチ自身なのではないか? と囁かれることがありますが、それは均整の取れた比率が両方の顔に採用されていただけの話だと私は考えています。
たとえば、ダ・ヴィンチのノートの中にこのようなスケッチがあります。
『解剖手稿』 人体の比率 レオナルド・ダ・ヴィンチ
複数描かれた左の横顔のスケッチは、たとえば2番(Ⅱ)に、
口から顎の下までの間隔cdは顔の4分の1。またそれは、口の幅に同じ。
と比率が書いてあります。
右の手足を並べたスケッチは、たとえば4番は、手の幅と足の幅は同じであり、さらに5番で、手の平と足の裏の長さも、足のくるぶしから測ると同じであることが図示されています。本当か? と思う人はぜひやってみてください。私も初めて試してみましたが、一致していることに驚きました。
さらにダ・ヴィンチは人間にとどまらず、動物の比率も徹底的に調査しています。
ダ・ヴィンチは自然から美しい比率を学んで自身のアートへと昇華させていき、後世の人をも魅了し続ける作品を生み出しました。意識的に自然を眺めてみると、新たな美しさを発見できるかもしれません。ぜひ、たまには自然の空気を吸いに散歩でもしてみましょう。
旧:WEBマガジン・作家たちの電脳書斎 デジタルデン 2022年 6月 公式掲載原稿
現:作家たちの電脳書斎デジタルデン 出版事業部 (https://digi-den.net/)