伝統と革新の間 〜炊飯器に咲く華〜

伝統(でんとう)とは、長い時間をかけて受け継がれてきた習慣、技術、文化などのことです。これらは過去から現代に至るまで、世代を超えて伝えられ、社会やコミュニティのアイデンティティや価値観の基盤となっています。伝統は、特定の地域や集団に固有の文化的遺産として、その集団の歴史や生活様式、思想などを形成してきました。

一方、革新(かくしん)とは、新しいアイデアや方法を導入して既存のシステムや製品、技術などを改良または変革することを指します。革新は、創造的な発想や技術の進歩によって、より効率的で有益、または革命的な変化をもたらします。これにより、社会や経済、科学などの分野で進歩が促されます。

伝統と革新は一見対立する概念のように思えるかもしれませんが、実際には相互に影響を与え合いながら発展しています。伝統を守りつつも、時代に合わせて新しい要素を取り入れることで、文化や技術が持続可能な形で成長し続けるのです。

今回の記事では、ルネサンスの万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチはどのように伝統と革新のバランスをとっていたのか、ダ・ヴィンチ思考を中心に解説をしていきます。

目次

残り続けるもの

日本の企業の特徴の1つに、ファミリービジネス、俗に言う同族経営があります。代々社長はその家の出身の人が受け継ぐというスタイルのことですが、欧米の人からすると珍しがられるという話を聞いたことがあります。

実際に、創業100年以上の企業数と比率、創業200年以上の企業数と比率、いずれもダントツで日本が世界トップと報告された調査データがあります。(出典:日経BPコンサルティング・周年事業ラボ

私も以前、ある伝統産業の企業の300周年パーティに行ったことがありますが、創業者の死後も、時代を超えて長く受け継ぐ精神には本当に驚かされました。日本は和を重んじる文化があるので、伝統を守り続けようという意識が他国よりも強固だったといえるのではないでしょうか。

しかし、伝統は守りさえすれば残り続けるかというとそうではなく、時代に合わせて革新させることも必要です。伝統の良さを残しながら、時代に合わせて変えるべきところは思い切って変える、そのような柔軟さが大切なのではないかと思います。

革新的な『最後の晩餐』

ダ・ヴィンチの傑作絵画の1つ、『最後の晩餐』。きっと皆さんも美術の教科書か何かで、一度は見たことがあるでしょう。実は『最後の晩餐』は、ダ・ヴィンチ以外も多くの画家が描いていて、100枚以上の作品が残っています。そんなにたくさん同じテーマの作品があるのに、今日『最後の晩餐』といえば、多くの人は大抵ダ・ヴィンチの作品を思い浮かべますよね。他の『最後の晩餐』との違いはどこにあるのでしょうか。

ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』が有名なのは、遠近法を駆使した卓越した描写力に加え、キリストが「この中に裏切り者がいる」と言った瞬間の驚きを、実に巧みな身振り手振りで表現しているところにあります。

ダ・ヴィンチは人物描写をする際、心情をどれだけリアルに反映させられるかに心血を注いでいました。下記は、ダ・ヴィンチの言葉の引用です。

「描かれる人物像のすべての動作は、その心の情動の『結果』が外に示されるようにしなければならないことについて

人物像の心の情動を表現する動作は、その心の動きに完全に即応しているように描き、その動作の内に大きな愛着心と熱意が表れていなければならない。さもないと、その人物像は一度ならず二度死んでいる、と言われるだろう。つまり、その人物は絵空事であるゆえに、一度死んでいるのであるが、それが心の動きも体の動きも示さない時に、二度目の死を迎えるのである」

ウルビーノ稿本 レオナルド・ダ・ヴィンチ

『最後の晩餐』の登場人物が、生き生きとした躍動感に満ちているのは、シーンのリアルさを追求したダ・ヴィンチのこだわりであり、これまでの画家にはできなかった心の機微をつかむ繊細な特徴なのです。

発想を飛ばす

天才ダ・ヴィンチの頭の中は一体どうなっていたのか、その片鱗なりとものぞいてみたいと思いませんか? ダ・ヴィンチの書き残したノートを見るとその一端が垣間見えます。

人体解剖についてまとめた解剖手稿というノートには、おびただしいほどの美しい人体スケッチが描かれています。その中に、頭部を描いたものがあり、こちらがそのスケッチです。

解剖手稿 レオナルド・ダ・ヴィンチ


横顔の頭部の左隣に、説明文章に加えて、何やらスケッチが描かれています。
これは何かわかりますか?

答えは、玉ねぎです。

え? って思われた方、私も同じ反応でした。
なぜダ・ヴィンチは、唐突に玉ねぎを頭部の隣に描いたのでしょうか?

まず、玉ねぎと人間の頭部は形状が少し似ています。それから、頭は頭皮に覆われていますし、玉ねぎも皮に包まれています。そのような共通点を見出して比較をしているのです。

ダ・ヴィンチの文章やスケッチをつぶさに見ていくと、いろいろなものを比較して特徴を検証していることがわかります。

一見無関係そうに見えるものを引き合いに出して類似性を追求してみると、新しい視野が広がります。

そのような発想を飛ばす訓練をしてこそ、他の人には真似できない表現ができたのではないでしょうか。

これが生け花???

この記事を書いている私も、ダ・ヴィンチ思考を取り入れた作品を創ってみたいと思い立ち、華道の展覧会で実践してみました。私は10年以上華道に携わっており、1級師範の資格も持っているのですが、今回は斬新な作品に挑戦してみました。

まず生け花なのに花を使っていません。そして、花器も使わず、代わりに炊飯器で生けました。こちらの作品です。


炊飯器の部分をクローズアップすると、中に米が入っているのがわかります。
これは土を米で代用しています。そして、米の中からスプーンが3本ニョキニョキと出てきていますが、これはなんだかキノコに見えてきませんか?


展覧会に来た人が、植物がない? と思って炊飯器をのぞくと米があって、納得したという感想を頂きました。実はこの炊飯器の中に丸い筒のようなものがありますが、シルバーや銅色に塗装した竹でして、ここにも植物が使われています。

生の花はありませんが、花や葉っぱに見えるような調理道具を選んで表現しました。

つまり、ダ・ヴィンチが頭と玉ねぎを比べたように、私も、花と調理器具、土と米、花器と炊飯器の類似性を見つけて、作品に昇華させています

また、私が学んでいる生け花の草月流は、いろいろある流派の中ではモダンスタイルを特徴としています。

「異質素材で生ける」という創作プロセスも学ぶため、実はまったく荒唐無稽な作品ではなく、学習したことを応用した作品です(※伝統的な流派からするとかなり荒唐無稽な作品です)。

伝統を学び、革新に挑戦。ぜひ皆さんも学んだだけで終わらせずに、実地に試してみることをおすすめします。いつかどこかで、斬新な作品が生み出されていることを楽しみにしています。

革新にチャレンジしてみよう!

旧:WEBマガジン・作家たちの電脳書斎 デジタルデン    2022年 12月 公式掲載原稿 
現:作家たちの電脳書斎デジタルデン 出版事業部 (https://digi-den.net/) 

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