“ダ・ヴィンチ・ノット”とは何か?
ミラノ・コルティナ五輪の聖火台モチーフとして話題になった“ダ・ヴィンチ・ノット”とは、ルネサンスの万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチの好んだ幾何学的な結び目のことをいいます。
ダ・ヴィンチはあらゆることに没頭した万能人ですが、中でも幾何学に傾倒しており、彼の所有していたノートには、あらゆるページに幾何学図形が登場しています。

実際に数学者である友人ルカ・パチョーリが出版した著書『神聖比例論』の挿絵として、幾何学図形を提供しているほどです。

「モナ・リザ」とダ・ヴィンチ・ノット
ダ・ヴィンチと聞くと、世界的な名画である『モナ・リザ』が有名ですが、あの『モナ・リザ』にも服の胸元の部分に特徴的な結び目が描かれています。

左がダ・ヴィンチの描いた『モナ・リザ』。右が弟子の描いた『モナ・リザ』の模写です。右の方がはっきりと模様がわかりますが、ダ・ヴィンチは無限の連続性を持つ美しい結び目を好んでいました。
「アッセの間」のダ・ヴィンチ・ノット
このような結び目は、『モナ・リザ』だけではなく、オリンピックが開催されたミラノにあるスフォルツァ城の「アッセの間」にも見ることができます。

「アッセの間」はダ・ヴィンチが手がけた空間デザインの一室で、現代の私たちも見ることができます。当時、ミラノ公ルドヴィコ・スフォルツァ(通称イル・モーロ)の依頼によって手がけられました。
室内でありながら自然の中にいるようで、枝に金の紐が一体化している独創的で美しい空間です。

ダ・ヴィンチ・ノットは、他にも使われています。
ダ・ヴィンチ・アカデミーのダ・ヴィンチ・ノット
こちらは、ダ・ヴィンチ・アカデミーのロゴマークです。ダ・ヴィンチはロゴデザインもしていたデザイナーでもありました。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、フィレンツェにあった“プラトン・アカデミー”にならって、自身が主催する“ダ・ヴィンチ・アカデミー”という知的サークルを組織しようとしていたと言われています。
その際に、いくつかロゴマークが制作されており、いずれもダ・ヴィンチ・ノットが特徴的なデザインがされています。
ダ・ヴィンチが、これほどまでにこだわるダ・ヴィンチ・ノットには、何か特別な意味があるのでしょうか。
ダ・ヴィンチ・ノットはダ・ヴィンチ自身の象徴!?
実を言うと、ルネサンス時代、画家たちは自分の作品にサインをしていませんでした。
そのため、後世になって誰が描いた作品か中々判別が難しいことがあります。
もちろん、サインがあっても贋作の可能性がありますが、サインは作者の直筆の目印として機能しています。
ダ・ヴィンチは、自身のサインを入れる代わりに、ダ・ヴィンチ・ノットに自分が描いた証明の手がかりを与えていたと考えられています。それはなぜかというと、
「ヴィンチ」はイタリア語で、「結びつける」を意味する言葉でもあり、
「結び目をアートに表現することが自分自身を表現する」と捉えていたと推察されるからです。
ヴィンチという名前に別の意味を持たせるというアイディアは、他の局面でもありました。
先ほどもあげた数学者のパチョーリとダ・ヴィンチの2人は、ミラノのスフォルツァ城で開かれた討論会に出場し、「芸術は学問とみなせるのか?」についてプレゼンをしたという記録が残っています。
パチョーリは、この論戦の結果についてこのようにまとめています。
「神学者、医師、天文学者、法学者と、天才的建築家にして技師にして発明家であるレオナルドとのあいだにおいて、名前の通り勝利する」
この「名前の通りに勝利する」というのは、ヴィンチ(Vinci)という名前がイタリア語で勝利(Vince)を意味する単語と近い綴りであることから述べられています。
このようなことからも、ダ・ヴィンチが自分のアイディンティを表明するかのごとく、幾何学的な結び目に自身を象徴させていたのではないでしょうか。
まとめ
ミラノ・コルティナ五輪の聖火台モチーフのニュースで、“ダ・ヴィンチ・ノット”という言葉を初めて聞いた方も多いのではないでしょうか。
ダ・ヴィンチ・ノットは、単なる幾何学的な美しい結び目という見た目上のことだけではなく、そこにはダ・ヴィンチ自身を象徴する存在としての意味合いが込められています。
一つの物事に、重層的な意味合いを持たせることを好んだダ・ヴィンチならではの表現といえるでしょう。
今回の記事で、レオナルド・ダ・ヴィンチにより関心を持った方は、ぜひダ・ヴィンチ研究家の私が書いたこちらの書籍も読んでみてください。

