絵画比較「受胎告知」とは? 作者エル・グレコやダ・ヴィンチなど解説

受胎告知
目次

受胎告知に込められた意味

受胎告知は英語で、Annunciationと言われます。日本語でもアナウンスするとも言われるように、告げるという意味の名詞です。特にキリスト教の文脈で、「大天使ガブリエルが聖母マリアに神の子を身籠ったと告げること」を意味します。

受胎告知とよく似た言葉に、「処女懐胎」があります。

文字通り、処女が身籠ったという意味ですが、もっと言うと、男女の交わりなしに妊娠したということです。

ではどうやって妊娠したのかというと、精霊の力だとされています。

神の子キリストは、特別な力によって誕生したという新約聖書で語られているエピソードです。

教会では、この神秘的な誕生にまつわるシーンが好まれ、受胎告知をテーマにした絵画をいろいろな画家に発注しました。

本記事では、受胎告知を描いた有名な4人の画家を取り上げ、時系列順にご紹介していきます。

絵画『受胎告知』の代表的な作者は誰か?

『受胎告知』を描いた画家と聞くと、一般的にエル・グレコを思い出す方が多いかもしれません。岡山県の倉敷にある大原美術館でも見ることができます。

エル・グレコは15〜16世紀にイタリアとスペインで活躍した画家ですが、

『受胎告知』は、その少し前のルネサンス全盛期にもたくさん描かれていました。

たとえば、『モナ・リザ』で有名なレオナルド・ダ・ヴィンチや、

貝殻の上に立つ女神を描いた『ヴィーナスの誕生』で知られるサンドロ・ボッティチェリも、

やはり『受胎告知』を描いています。

そして、『受胎告知』をテーマにひたすら絵を描き続けた画家に、フラ・アンジェリコがいます。

彼らが描く『受胎告知』には、テーマと登場人物が同じであっても、必ず異なる表現が見つかります。

そこに、卓越した画家のオリジナリティがあるのです。では、1人1人、順番に解説をしていきましょう。

比較して読み解くことで、さらに味わいが深いものとなるのです。

フラ・アンジェリコの『受胎告知』を解説

フラ・アンジェリコという名前を聞いて知っています! という方は、かなりの絵画マニアかもしれません。

フラ・アンジェリコは、小さな作品も含めると、生涯に15枚近くも『受胎告知』の絵画を制作しています。

1つの同じテーマで15枚とは、なかなかすごい情熱ですよね。

『受胎告知』オタクといってもいいかもしれませんが、それだけ制作の需要があったということです。

さて、そんなフラ・アンジェリコはどんな人物だったかというと、

そもそも、フラ・アンジェリコは名前ではありません!(本名はグイード・ディ・ピエトロ)

彼につけられたあだ名で、フラは「修道士」、アンジェリコは「天使のような人物」を意味しています。

つまり、かなりの敬虔なキリスト教徒だったことがわかります。

それでは早速、フラ・アンジェリコの作品を見ていきましょう。

『受胎告知』フラ・アンジェリコ 1426年頃

天使ガブリエルとマリアは、2人とも両手を交差して身を包むような同じポーズをしています。つまりこれは、神の子の受胎を受け入れたという仕草です。

この作品で特徴的な描写は、左上からマリア目がけて光が差し込んでいるところです。

左上の角には、神の手のようなものが見え、さらに聖霊を象徴する鳥が光線の中に描かれています。

画面左の3分の1は、外の情景が描かれていますが、何やら男女と天使がいます。

これは、アダムとイブが天界から追放されたシーンが描かれています。

敬虔なキリスト教徒フラ・アンジェリコが描く『受胎告知』は、聖書のエピソードが満載なのです。

もう1枚、別の『受胎告知』作品を見てみましょう。

『受胎告知』フラ・アンジェリコ 1432年~1433年頃

こちらの『受胎告知』は先ほどの作品と違い、左上から差し込む光線は描かれていません。

その代わりに、特徴的なのは、口から放たれた言葉が可視化されていることです。少し拡大して見てみましょう。

3つの文章がありますが、よく見ると、真ん中の文章だけ天地逆転しています。

なぜ、この文章だけ逆さまになっているかというと、

天使のお告げに対し、マリアの返事が天上の神に向けられていて、上方にいる神の側から読めるように配慮されているからです。なんとも芸が細かいですね。

フラ・アンジェリコは他にもたくさん『受胎告知』を描いていますが、

いずれもキリスト教を讃える作品ばかりです。

では次に、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品を見ていきましょう。

レオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』を解説

受胎告知
レオナルド・ダ・ヴィンチ 『受胎告知』 1472年~1475年

ダ・ヴィンチにとって『受胎告知』は、20歳で親方となり描き上げた、いわゆるデビュー作品です。

ダ・ヴィンチ作品において、現存している絵画の中では、傑作『最後の晩餐』の次に大きく、

イタリアのフィレンツェ、ウフィッツィ美術館に所蔵されています。

2007年には、日本に来て公開され、大きな話題となりました。

さて、作品の中身について見ていきましょう。

先ほどのフラ・アンジェリコの『受胎告知』と比べて、人物の配置などは大まかに同じですが、

いろいろと細部の描写が異なっています。

あなたは、どこが違うのか気づかれましたか?

主に3つのポイントをご紹介いたします。

違いその1 リアルな天使の翼

フラ・アンジェリコが描いた天使は、翼が金色でゴージャスです。

他の作品では、翼が七色のレインボーで幻想的に描かれていたりします。

一方、ダ・ヴィンチの天使は、私たちが普段目にする鳥の翼そのものです。

科学者であったダ・ヴィンチは、現実世界で見たものしか描かないというポリシーを持っていました。

鳥を徹底的に観察し、表現に生かしていったのです。

違いその2 マリアの姿勢

フラ・アンジェリコが描いたマリアは、天使のお告げを聞いて両手で受胎を受け入れる姿勢をしていました。

ダ・ヴィンチが描くマリアは、どうでしょう。左手は手のひらを天使に見せつけ、

表情も冷めた目つきをしています。これはもしかすると、受け入れに抵抗を示しているのかもしれません。

そして、よく見ると、右手は書見台の上に置かれた聖書に添えられていますが、

少し無造作な手つきになっています。

このような手つきや目線に、作者の意図が隠されているのではないか??

と想像してみると、より鑑賞が楽しくなります。

違いその3 背景

フラ・アンジェリコが描いた『受胎告知』は、室内の描写が3分の2を占めていました。

ところが、ダ・ヴィンチの『受胎告知』は、割合が逆転し、3分の2が背景描写の自然になっています。

ヴィンチ村という自然豊かな田舎で生まれたダ・ヴィンチは、自然に対して尊敬の念を持っていました。

後方には山が聳え立ち、さまざまな形をした樹木が並び、地面には繊細な花々が咲いています。

画家は、自然を師匠として作品を創るべきだと主張していました。

そんな彼のメッセージが、画面構成をガラッと変えてしまったのではないでしょうか。

フラ・アンジェリコが描いた光線や精霊を象徴するハト、アダムとイブの追放シーンも存在しません。

つまり、ダ・ヴィンチの作品は、聖書のエピソードを再現することにはそれほど重きを置いておらず、

自分なりのオリジナルな考えを優先した作品といえるでしょう。

サンドロ・ボッティチェリの『受胎告知』を解説

レオナルド・ダ・ヴィンチと同時代に活躍したサンドロ・ボッティチェリは、

このような『受胎告知』を描いています。

サンドロ・ボッティチェリ 『受胎告知』 1489~1490年頃

ダ・ヴィンチの作品よりも後に描かれた作品です。このボッティチェリの『受胎告知』を見たダ・ヴィンチは、以下のコメントを残しています。

私は最近ある受胎告知の絵を見たが、そのお告げの天使は、怯えた敵を激しく威嚇することによって、聖母をその部屋から追い出そうとするかのようであった。また聖母は、絶望のあまり、窓から身投げをしようとしているかのように見えた。だからあなたは、このような失敗をしないように注意するといい。

『絵画の書』レオナルド・ダ・ヴィンチ

ボッティチェリは、ダ・ヴィンチの7歳ほど上の先輩にあたり、またメディチ家からも厚遇されていた画家です。

もしかすると、ダ・ヴィンチの嫉妬心が、この批判的文章に表れているのかもしれません。

個人的に感じるボッティチェリの『受胎告知』のポイントは、天使の右手とマリアの右手が呼応しているかのようなポーズをとっていることです。ボッティチェリの作品にも、フラ・アンジェリコのような光や精霊の要素は描かれていませんが、双方の人物のポーズで、ドラマ性を再現しようとしたのです。

ダ・ヴィンチと共通する点としては、両方とも天使が百合の花を持っているところです。

なぜ天使は、あえて百合の花を持っているのでしょうか?

百合の花は何を表しているか?

真っ白な百合の花は、“純潔”、つまり、「処女性」を表すとされています。男女の交わりなく、

精霊の力によって子供を身籠ったマリアを暗示しているのです。

そのため、百合には雄しべを描かないのが通例だったのですが、ダ・ヴィンチが描いた百合には、

雄しべと雌しべの両方が描かれてしまっています。

科学者でもあり、解剖学者でもあり、植物学者であったダ・ヴィンチは、奇跡によって生まれる子供という存在を否定したかったのかもしれません。

エル・グレコの『受胎告知』を解説

最後に、最も有名な『受胎告知』を描いたエル・グレコの作品です。

実は、フラ・アンジェリコが『受胎告知』の制作に没頭したように、

エル・グレコも、たくさんの『受胎告知』を描き残しています。

そして、奇遇にも、フラ・アンジェリコと同じように、エル・グレコは本名ではなく、スペイン語で「ギリシャの男」を意味します。(本名はドミニコス・テオトコプロス)

現在のギリシャ領のクレタ島に生まれ、その後イタリアに渡り、晩年はスペインで過ごしたため、マドリッドにあるプラド美術館に多くの作品が収容されています。

私もツアーでプラド美術館に訪れたことがありますが、数ある作品の中、まず最初に案内されたのがエル・グレコの『受胎告知』でした。

エル・グレコ 『受胎告知』 1596~1600年 (プラド美術館)

エル・グレコの『受胎告知』の特徴は、なんといっても、光と闇の描写に基づくドラマ性です。

荒々しいタッチが画面に迫力をもたらしています。

これまでの3人の画家の『受胎告知』とは異なり、大天使ガブリエルが右側、マリアが左側へと位置が変わっています。

さらに、初めての表現としては、

上空で複数の天使たちが楽器を演奏し、マリアの神秘の受胎を祝福しているところです。

これはおそらくエル・グレコが独自に考えた表現でしょう。

傑作と評価された本作品は、いくつか似たような構図の作品が存在します。

大原美術館にある「受胎告知」

日本では、エル・グレコの作品は2枚しか所蔵していません。その内の1枚が『受胎告知』です。

日本の洋画家である児島虎次郎という人物が、1922年にパリの画廊で見つけたことがきっかけで、スポンサーのお金持ちである大原孫三郎に資金を送ってもらい購入。現在、倉敷にある大原美術館に所蔵されています。

エル・グレコ 『受胎告知』 1590~1603年 (大原美術館)

プラド美術館にある作品とは異なり、上方にいる天使のオーケストラ部隊は見当たらず、

よりシンプルな構成になっています。

中央から飛び出るハトが目立ち、ダイナミックな作風が特徴です。

ルネサンスの画家が描いた作品は静的な描写でしたが、従来の描写を動的にガラッと変えたところに偉大な作品の価値があるのではないでしょうか。

まとめ

『受胎告知』をテーマに描いている画家は多く、また1人の画家が何枚も描いているため、どのように違うのかを見比べてみるといろいろな発見があります。

今回は、代表的な4人の画家を取り上げましたが、他にも『受胎告知』を描いている画家がいます。

作者の意図はどんなところにあるのか。

なぜ、描写に違いが生まれたのか。

自分はどの作品が好きなのか。

ぜひ比較しながら鑑賞を楽しんでみてください!

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